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伯林の風景
2002年のベルリンについて…

ベルリンへ到着すると“ICH BIN WIEDER HIER”(イッヒ ビン ヴィーダー ヒーア)、「再びここへ…」と頭の中で反芻している。たまたま手にしたCDに入っていた曲のタイトルなのだが、独語に明るくはない私は何やら辞書を片手に多少意味を調べ「こういうことか…」と納得した。
地球周航”という計画を練り、その一環として立ち寄ったドイツで、慌しくこのベルリンへ寄った。シカゴから大西洋を越え、フランクフルトに下りてから、古都バンベルグを経てニュルンベルグへ南下し、夜行列車に乗って早朝の到着である。
ヨーロッパでは欧州共通通貨ユーロが導入されたばかりだった。“EURO”は独語では「オイロ」と読む。今回はこの独語風呼び方しか耳にしなかったので、以後“オイロ”と呼ばせていただく…
フランクフルトの空港などでオイロを手にし、既に何回か支払いに使用していたが、少々困ったのはコインロッカーであった。ニュルンベルグでは、“2DM”と表示されており「どうしたものか?」と0.5オイロコインを2枚入れると、ロッカーが使えた。早朝のベルリンで、またロッカーを見つけて愕く。“nur EURO”(オイロオンリー!)というステッカーがあり、“1.00”とオイロで料金表示がされていた。ドイツの場合、マルクとオイロは概ね2対1なので、余所の国よりも判り易いのかもしれない…が、「街中がお金に不慣れ」という不思議な状況に終始愕いていた。私のように外国からふらりと訪ねた人ばかりが街に溢れている感じだ。
そうした変化を感じつつ街を歩いてみた。以前は随分目立った建設現場も、然程気にならない感じになっていたし、何の知識も無く訪れたのであれば、嘗ての東や西を意識せずに街を歩くことが出来るであろう。
ところが、都心部の通りに設置された市内案内地図を見ると、“壁”があった場所に線が引かれている。そして私は、目抜き通りという趣になっているフリードリッヒ・シュトラッセに“チェックポイント・チャーリー”を見つけた。地下鉄の駅も確認したが、好天に恵まれていたので歩いて行くことにした。華やかな専門店や飲食店が並ぶ間にオフィスビルが点在するこじゃれた通りである。未だ人出も少なめな早朝の通りを進んで行くと、何度か写真で目にした風景が眼前に現れた…
東西ドイツの分断からの再統一、オイロの登場と、この10年に大きな変化がこの街を通り過ぎているが、この場所は厳然と一種の“史跡”の趣を醸し出していた…
やがて冬の短い日が傾く頃、私は夜のハンブルグを目指してこのベルリンを辞去した…
2002年1月 管理人 タシケント

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